1.ロルフィングとの長いおつきあい
最近では、ようやくロルフィングも世の中に知られるようになってきたところで、『ミセス』などのメジャーな雑誌も取りあげるようになってきたのは、ロルフィングの一ファンとして、たいへんに嬉しいところである。
とはいえ、そういう雑誌記事などで、正確にロルフィングとはどんなものであるかが分かるかというと、必ずしもそうではないように思う。
なにか、ピラティスとか、ヨガとか、他の整体的技法との本質的な違いということになると、まあ実際に受けた人でないとわからないかもしれない。
そこで、私は再び筆を執って、もう六七年にはなろうかというロルフィングとのおつきあいを通じての所感を述べておきたいと思うのである。
所定の十回のセッションを滞りなく終了して、その途中から劇的にQOLが改善し、腰痛がうそのように消えてしまったということはすでに書いた。
その後も、私は、よく水を飲み、よく歩くこと、そのほか、適宜にロルフィング的エクササイズなども取り入れながら、いまも元気に超速歩の日々を送っている。
しかし、何年という年月の間には、さまざまなことが起って、かならずしも十回のセッションを終了した直後のような快適さを保ち続けられるとは限らない。
たとえば、連日連夜の過密な執筆仕事が続き、睡眠も不足する状態で、ひどい過労に苛まれるというような日常のなかでは、どうしても、眼精疲労や肩凝り、また長時間の座り続けに起因するぎっくり腰的状態などが起こってくるのを避けられないものだ。
また、ふとしたはずみに階段を踏み外したりして、変に腰をひねったりということもあり、そういうときは、やはり膝や腰に違和感を生ずることになりかねない。生きている限り、そのようなアクシデントは避けられぬものだと思わなくてはいけない。
ただ、そこでもぜひ強調しておきたいことは、そういう過酷な生活をしたからとて、「ロルフィング以前」に戻ってしまうということはなかったということである。依然として歩く速度は非常に速く歩けるし、ステッキなどは必要としないし、片頭痛も絶えて再発したことがない。また、ほんとうのぎっくり腰になってしまって、まるで身動きが取れなくなるということは、一度もなかったということを報告しておきたいと思う。
私は、万一そのような変調を来したときは、すぐにロルファーに連絡して、一回とか二回とか、短期集中的に調整のセッションをしてもらうことにしている。
すると、すぐにまた驚くほど体の状態が改善して助けられたという経験を、私は何度もしているのである。
2.ロルフィング以前と以後とはどう違うか。
体の状態ということについて言えば、たとえば、こういう違いがある。
以前は、ともかくじっと立っているということが最も辛くて、ものの十分も立っていたら、すぐにもう腰のあたりが詰まってくるような不快を感じ、それからしつこい腰痛に悩まされるのが常であったけれど、ロルフィング以後は、むしろ変な椅子に座ったりするよりは、立っていたほうが楽で、そのことはずっと変わりない。
ここに、じつはロルフィングの「秘鍵」がある。
ロルフィングというのは、受動的に受けて、なにかを「治してもらう」のではない。むしろ、もともと人間の体が持っていた平衡感覚というか、自然に体を動かす仕組みというか、いわば自然に逆らわない立ち方、歩き方、座り方などを、自分の体に「教えこむ」というプログラムだとも言えるだろう。
手技で筋膜に働き掛けて、筋肉の柔軟性を取り戻す、というのはたしかにロルフィングの中心的な技法ではあるが、それを、ただ漫然と「受けて」いるだけでは、ロルフィング本来の働きは十全には発揮されないように、私には思われる。
つまり、たとえば、どういうふうに立つのが、もっとも重力に逆らわない立ち方なのか、ということを、体の緊張を除去して調整した上で、ロルファーが教えてくれる。
足の構え、背中の姿勢、首の位置、などなど、どうやったら体幹・骨盤の中心に上半身全体の重心をうまく乗せることができるか、というのは、ふつうの生活をしている私たちは、じつはもうすっかり忘れていて、自覚することができなくなっているものだ。
私なども、「良い姿勢」だと思っていた形が、じつは「変にそっくり返った姿勢」なのだと、ロルファーに教えられてびっくりした経験がある。
どうしても「気をつけ!」をしてしゃちほこ張っている姿が「良い姿勢」なのだと思い込んでいる私たちは、じつはそういう「不自然な姿勢」こそが腰痛等の原因でもあることなど決して気がつかないのである。
ところが、そこをロルフィングは、気づかせてくれるのだ。どうやって立ったら、重力がもっとも自然に体に働き掛けてくるのか。その結果、どういう姿勢がもっとも無理なく二本足で立っていられるのか、そこを自覚できるのは、なにしろこのロルフィングの効能の最大のものかもしれない。
このことに習熟すると(何回かのセッションのうちには、かならずそういう示教があるはずだと思うのだが、こちらから教えを請うこともむろん良いことである)、立ちながら、自分で自分の重心をちゃんと感じることができるようになる。
そういう立ち方で立っていると、体が頗る軽く柔らかくなったような感じがし、その上でかすかにゆるやかに石臼の回転のように骨盤を動かしてみるならば、ちゃんと重心の動きがよくわかって、よいエクササイズになる。
そんなことを自分で自分に自覚させながら、私は楽しく立っていることができるようになった。
反対に、ろくでもない椅子に座ると、どうしてもこの重心がズレてしまうから、いきおい変なモーメントが腰椎などにかかる結果、却って腰痛の原因となる。あの、ふわふわとしたソファーなどに座るのは、もっとも腰に悪い。
私などは、こういう原理をよく会得した結果、どんなところでも、もし椅子が良くない場合は、座らずに立っていることにしている。そのほうが腰が楽だからだ。
さらに、もう一つ、実感したことがある。
それは、私どもは、たとえば、立ったり座ったり歩いたりという動作をするときに、そんなことはあまりにも当たり前の運動なので、別になにも意識せずにやっているに違いない。
ところが、人それぞれ、長年のうちには、だんだんと悪いクセなどが付いてくるものなのだ。
そういう私も、たとえば歩く時に、きちんと両足に正しく体重を配分して、重心移動をしながら歩いているかどうか、などということは思ってみたこともなかった。しかし、ロルフィングでは、まずロルファーが、クライアントを歩かせてみて、そういうクセを見極めてくれる。
それで、私の場合などは、たとえば左足にばかり体重がかかっていて(実際に、利き足というものがあるので、どちらか一方の足に重心がかかりやすい)右足をちゃんと使えていなかったという現実があった。
こういう場合、セッションの後で、何度も歩く練習をさせてもらって、ちゃんと重心をそれぞれの足に均等に乗せて歩く歩き方というのはどういうものなのかを実感させてくれる。ははーん、なるほど、これは右足をちゃんと使っていなかったぞ、と意識ができれば、あとはそれをきちんと使うように自己改革するまでである。こうして私は、それ以前よりも、倍ほどの速度でさっさと(あえて言えば美しい歩行フォームで)長い距離も疲れずに歩けるようになった。これまた、体重管理や腰痛の予防には欠くことのできない運動である。
また、しゃがんだ姿勢から、立ち上がるというような動作でも、大腿の筋肉、お尻の筋肉、それから大腰筋など、下半身に関わる筋肉を十分に使って(適切な負荷をかけて)立ち上がっているかどうか、これも、じっさいに調べてみると、そこがまるで出来ていなくて、腹筋とか背筋とか、表層の上半身の筋肉を収縮させる勢いで立ち上がっていたということが実際に感じられるようになった。それだから、ついつい腰椎に過重な負荷がかかる結果、不用意に立ち上がるときに、ふっと、ぎっくり腰になったりしていたのである。
そこで、これも、自分の下肢の筋肉、大腰筋など、意識しながら十分に使って立ったり座ったりすると、不思議なくらい腰に負担がかからないことが自覚される。
これは、たとえば能役者が立ったり座ったりする動作で使う筋肉のありようと通じるものがある。
私はそういうことを学んで、俄然、不用意な動作で腰を痛めるということが無くなり、また、腰痛に悩まされることも格段に減ったということを報告しておきたいのである。
3.ロルフィングは意識を変える
つまり、ロルフィングは、そのように私たちのほうで主体的に取り組んでいくという意識が必要なのである。
そこが分からないで、単なる整体術のように思って受動的にのみ受けている人は、きっとロルフィングの効能の何分の一かしか実感できないかもしれない。
そうしてみると、ロルフィングを受けるということ、ロルフィングの効果を知るということは、一種の生活意識改革という側面を持っているわけである。
つまりは、いかに上手なロルファーに施術を受けたとしても、年中あぐら掻いては酒ばかり飲んで、煙草などを吹かしている、そしてろくに歩きもせず、たまにゴルフに行っては不自然な運動ばかりする、などという生活意識では、なにがどうでも効果は上がるまい。
4.ロルフィングと声楽
かくて、私は、いつでも自分の体のたたずまいを意識して暮らすようになった。
声楽的にきちんと発声して歌を歌うというようなことになると、上記の意味での正しい姿勢が何より大切だということである。
そこで、以前は、どうしても上半身にばかり力が入って、その分、声の響きは減殺され、堅い響かない声になっていたのだが、ロルフィング以後は、自然に立って、ゆらりゆらりと柔軟に動けるようにしておいて、無駄な緊張をせずに呼吸をし、発声に集中出来るようになった結果、声量も格段に増え、音程も安定してきて、舞台で歌うことが非常に楽しくなったという実感がある。多くの声楽家や舞台俳優などがロルフィングの施術を受けに来る所以である。
しかし、ややもすれば過労や緊張で、その重心が狂ってくるということもある。
その対策として、私は歌の本番の前には必ず中村さんにロルフィングをお願いして、体の狂いを矯正し、筋肉の緊張をほぐし、関節などを緩めてもらってから、本番に臨むのを常としている。そうすると、明らかに声の響きが違い、本番で楽に歌うことができるからだ。
5.自己ロルフィングということ
そればかりか、私自身はむろんロルファーではないが、熱心に主体的にロルフィングの施術を受けていると、どこをどのように操作するとどういう効果があるのか、とか、ちょっとそういう原理のようなことが分かってくる。
たとえば、どうも過労で首や頭が痛む、というようなときに、私は「アホ面(づら)法」と自ら名付けている一種の自己ロルフィングで対応することにしている。
これもロルフィングを受ける過程で、なるほどなるほどと会得したところなのだが、ふつう私たちは意識せずに、まゆ根にしわを寄せたり、歯を食いしばったりして暮らしている。それがつもりつもれば、首肩顔の緊張となって、さまざまの不具合を惹起するのである。 だから、これを反対にして、だらんと顎関節を緩めて口を半開きにし、目の周囲、顔の表情筋などをことごとくぼんやりとゆるんだ状態にしてしまう。こうして目も半眼の坐禅中のような状態にし、何も考えず、何も見ず、両眼の焦点もoffにして、ただただ筋肉の緩みだけを意識するようにして、深く呼吸し、とくにゆっくりと息を吐く、というようにして十五分か二十分くらい待っていると、なんだかきゅうに頭全体がふわっと緩んだと実感できる瞬間があり、凝りや痛みが格段に消えたり、あるいはすっと安楽に寝つけたりするのである。けれども、その様子を人がみたら、さぞ「アホ面」であろうなあと思うので、私はかように名付けたのである。
こういうのは、ロルフィングの技法を自ら学んで実践してみているわけで、腰痛だったら、たとえば大腿骨頭が骨盤に陥入している部位に沿って、手で静かに圧迫を加えつつじりじりと動かし、同時に呼吸をその骨盤に向かって深く入れ、内側から呼吸で外部の手を押す、みたいな感じにすると、腰痛がぐっと軽減したりもする。
また、眼精疲労や頭痛に対しては、両手の指先を眼窩に沿って静かに置き、その指先から、頚椎のほうに向かって静かに気を送るような感じでじっとして、同時に頭痛なんか大丈夫、というような気持ちを持続するというような方法でも症状を軽減することができた。これもロルファーの中村さんに教わった自己ロルフィング的方法であるが、これについては、最近日本にも移入されて知られるようになったEFT(Emotional Freedom Technique)というのとちょっと似ていて、思いのほか効果が高い。
そういうことをあれこれと自ら学んで実践することもできるようになるのは、ロルフィングが自己の肉体への教育という側面をもっているからにほかならない。
というわけで、私はロルフィングのおかげで、現在までの生活感覚を著しく向上させることができただけでなく、それまで知らなかった自己管理の方法を、科学的かつ合理的に教えてもらって、より前向きな生活意識をもって暮らすことができるようになったこと、これこそはロルフィングの最大の効能であったと、今つくづくと思い当たるのである。
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